三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (40) その後


サービス通りの南の端にある「ヤマザキショップ」。通りに面していないので本編では取り上げませんでしたが、ここで登場願います。

昔々は「かど屋」という雑貨屋で、その後改築してヤマザキショップとなり、老夫婦が店を切り盛りされていましたが、最近店が開かないなとシャッターに貼ってある紙を見たところ「このたび都合により『ヤマザキショップいしわた』は当分の間、閉店します」とありました。

このようなマイナス面の変化だけではなく、プラス方向への時代の変化を期待したいですが、なかなかそのような場面には遭遇しません。最終的には大手以外の店は無くなってしまうんだろうか。

ヤマザキショップ

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (39) 番外編


三ツ沢商店街サービス通りの思い出の番外編は、サービス通りのシンボルであった街灯のその後について。

この街灯、古くなって交換にお金がかかること、電気代がバカにならないことが理由で2011年4月に撤去されてしまいました。

ちょっと派手な街灯だったし、そもそも「サービス通り」はダサいので、個人的には撤去されて街がすっきりしたかなと感じています。

街灯

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| すうさん | 08:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (38) 西14番:八百屋


長々と掲載してきましたが三ッ沢商店街サービス通りの思い出も最後となりました。

現在は事務所になっていますが、昔は八百屋で、元気のいいご夫婦が店に立っていました。その前は、近くに住むSさんがここで鶏卵を売っていたそうです。

昔の人々は今と比べもっと気楽に店を構えていたように感じます。少ない投資で店を始めて、上手くいかないようなら店をたたむ。その店は次の主を迎えて住民にサービスを提供する。家を作るのも、改装するのも、今よりは気軽にできたのでしょう。

八百屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (37) 西13番と西14番の間の道


クリーニング取次店と八百屋の間の細い道の両側は住宅が並んでいます。わが家から30mも離れていないのに、殆どお付き合いはありませんでしたが、最近この道の右側に住むSさんの庭から夏ミカンをいただきましたが、このようなことは60年の人生で初めてでした。

路地

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (36) 西13番:クリーニング取次店


続いては昔クリーニング取次店だった建物。会社経営をされている方の奥さまがサイドビジネスで始められたと記憶しますが、その後ご主人を亡くされ、今は住宅となっています。

この建物の外観は住宅というよりも商店のように見えるので、クリーニング取次店の前にも何か別の商売をされていたのかもしれません。町内のお年寄りに、そこいら辺りの話を伺ってみましょう。

クリーニング取次店

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (35) 西12番と13番の間の道


思い出が詰まった「三ツ沢商店街サービス通り」も終りに近づきつつありますが、今回は運送屋さんとクリーニング取次店の間の小道。

子供の頃、この道奥左側に住んでいたSさんの子供を泣かせたとかで、時々母親に怒鳴り込まれました。それを受けた母が我われ悪ガキをどうやって叱ったのか覚えていませんが、「苦情」という言葉を知ったのは、そんな出来事をとおしてでした。

そのSさんも引っ越され、家も取り壊され、そこに建ったのが奥に見えるOさんの新居。元気な三人姉妹が先日の夏祭りで山車に乗って太鼓をたたくところを、Oさんが写真に収めていました。徐々にではありますが、いままでがそうだったように、これからも街とそこに住む人々は姿を変えるんでしょう。

小道

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (34) 西12番:チャンポン屋、運送店


わが家南側の路地をはさんで2階がアパートの建物があり、1階向かって左は加藤運送店、右側はチャンポン屋という店で、チャンポン、皿うどん、餃子などを時々出前してもらっていたのですが、重たい鍋を扱うことが原因だったのか、ご主人が体調を崩され、歩いて15秒の外食の店がなくなってしまいました。残念です。

チャンポン屋跡にはTRESという内装工事業者が入ったのですが、2011年春に廃業した模様。建設関係は厳しいんでしょうね。

チャンポン屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (33) 西11番と12番の間の道


この路地には沢山の思い出が詰まっています。子供のころ路地の左側には3軒家があって奥から小林さん、藤田さん、八木さんご家族が住んでいました。その後所有者が替わって、全て建て替えられ、奥は民家、手前は1階が事務所、2階がアパートとなっています。

右側のわが家部分にも3軒の家があって、奥から水橋さん、小宮山さん、渡辺さん、渡辺さん宅には後に伊勢崎町のキンツバ屋さんが移り住んで、終戦直前に祖母がそのキンツバ屋さんから家を買ったそうです。それから67年。当時のことを覚えている人が元気なうちに、思い出話を集めないとね。

路地

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (32) 西11番:助産院


やっとわが家に辿り着きました。戦局が厳しくなり祖母がこの土地に建っていた小さな家を疎開先として買ったものの、1945年5月の空襲で焼けてしまい、戦後になって配給の材料で家を建て助産院を開業したそうです。

当時は向かって右側に玄関、左側には車2台をとめられる車庫がありました。今の家は1980年に建て替えたもので、右側が父のアトリエのため、北側以外には窓がありません。わが家はこの家の奥にあります。

駐車場には左に我が愛車、右は弟の車。前の道路が横浜駅への抜け道のため交通量が多く車の出し入れが大仕事で、特に家内の場合には時々交通渋滞の原因となっているようです。

わが家

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (31) 西10番:古本屋


続いてはわが家のお隣さん。以前住んでいた母の姉夫婦と従兄弟たちが鎌倉へ引っ越した後に、松本商店街で本屋さんを営んでいた橘田さんが引っ越してきました。

最初は従兄弟たちが住んでいた古い家の道路側を改造しラーメン屋、その後の建て替えで「きった書店」を開業、古本、特に美術関係書を扱っていました。

現在は次の代に移って、2度の建て替えを経て住宅となっていて、庭のBBQの煙が時々わが家にも漂ってきます。

古本屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (30) 西9番と西10番との間の道


この道は滝野川の暗渠化でできた「三ツ沢せせらぎ緑道」。道左横の細い土地は以前早川さんの畑で、近所の悪ガキたちと遊びに入ってよく叱られたものです。

滝野川にはアメリカザリガニを取りに長靴を履いて時々入ったり、思い出が沢山ありますが、最近はそんな遊びとは縁遠い環境になってしまいました。

道

| すうさん | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (29) 西9番:豆腐屋


続いては丸山豆腐店、地域唯一の豆腐メーカーです。祖母時代から楽しんできたのはギンナン入りのがんもどき。最近は値上がりしたのか、なかなか口には入りません。

店の前に毎朝おからが山と積んであり食品廃棄物になるのでしょうか。Nさんから時々いただく奥沢駅近くの小林豆腐店のように調理すれば売れるのにね、多分。

丸山豆腐店

| すうさん | 08:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (28) 西8番と西9番の間の道


美容院と豆腐屋の間の道には特に思い出がある訳ではありませんが、せせらぎ緑道が滝野川だったころ、この道の約100m先左側に小さな橋がかかっていて、戦前には付近に水車小屋があったと、何かの資料で読んだことがあります。当時は一面田んぼと畑だったんでしょう。

道の突き当たりは三ッ沢小学校のプール。昔はプールの周りなどに大きな木が何本もあったのですが、犯罪防止のためでしょうか、全て切り倒されました。それも時代を表わしています。

間の通り

| すうさん | 08:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (27) 西8番:乾物屋


現在は「Excel」なる美容院ですが、以前は「北海屋」という乾物屋でした。

昔は店それぞれに専門があって小さな商いが成立していましたが、商品価格の割に人件費や維持管理費があがってしまい、大手による薄利多売の形しか商売が成り立たなくなったのでしょうね。日本全国どこへ行っても同じような店があって便利ではありますが、生活空間としての味わいが薄れてきて、これまた残念です。

乾物屋

| すうさん | 08:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (26) 西7番:風呂屋


今は広い駐車場になっていますが、我が三ッ沢にも昔は銭湯があって、その名は「中村湯」。子供のころの家には風呂がなかったのでお世話になりました。

小学校低学年の頃だったか、戸梶さんという母親の友人がわが家に居候されていて、毎日のように中村湯に連れて行ってもらいました。女湯の脱衣所で彼女のパンツを振りまわして騒いだ記憶があります。変な子供だったんでしょう。

中村湯

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (25) 西6番:電気屋


お次は「ノムラ電化サービス」なる電気屋さん。子供のころには、この場所には確か民家があったように記憶します。

電気製品を買うときはヨドバシなどに出かけてしまうので、プラグやスイッチなどの小物を時々譲っていただくくらいしか、お付き合いはありません。三ッ沢商店街で、生きることに直接関係している食料品と医療介護関係以外は皆元気がないように感じます。日本中、同じかもしれません。

電気屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (24) 西5番と西6番の間の道


宮内さん(現まいばすけっと)とノムラ電化サービスの間の道を西に進むと、つきあたりが三ッ沢小学校。小生は反町駅近くの青木小学校に越境通学していましたが、隣に住んでいた従兄弟たちが通学していたので、時々は校庭で遊んだように記憶します。

小学校手前の右側には「千葉さん」という駄菓子屋があり、親爺さんは大分前に亡くなりましたが、後妻さんでしょうか店番をされていて、今でも小学生が店の前をうろちょろしています。

道

| すうさん | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (23) 西5番:文房具屋


続いては「宮内さん」と呼んでいた文房具屋兼化粧品店。昔は角に店舗兼住宅が建っていましたが、今は手前1階が「まいばすけっと」の巨大なアパートになりました。店の前の小さな花壇にホウセンカが咲いていたのを思い出します。

店には優しいおじさんがいて、ノートやら鉛筆やらを時々買いに行ったものです。昔は家の近くで殆どのものを手に入れることができましたが、今は横浜駅まで歩いたり、HCまで車で出かけたり、ちょっと買い物に行くという感じではなくなりました。

宮内さん

| すうさん | 08:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (22) 西4番:洋服屋


元近藤靴店の左隣は保崎洋服店(だった筈)。現在は奥のマンションの通用口兼自転車置き場のこんな間口の狭い場所に店があったんですね。店には通り沿いに硝子戸で奥に横長の台があって、そこで客対応をしていたような記憶です。奥のマンションができた時に建物が取り壊されたのでしょうか。

三ッ沢小学校正門近くの国道沿いにある洋服店はご兄弟の店だとか。古い話なので正確ではないかもしれません。

洋服店

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (21) 西3番:靴屋


和菓子屋の左隣は元「近藤靴店」、現在は個人住宅。小生の父がサラリーマンだったころ、近藤さんの親爺さんに靴を作ってもらっていました。親爺さんが病で倒れ、近くの銭湯には行けないとのことで、わが家の風呂に入りに来ていた時期もありました。

その後親爺さんが亡くなり、暫くは友人と近所を散歩していた奥さまも施設に移られたようで、店は取り壊され、跡地に住宅が建った次第。嗚呼。

近藤靴店

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (20) 西2番:和菓子屋


西側の2番目は和菓子屋「松月堂」、創作和菓子の表彰状が店に飾ってあって、中でも「バターどら焼き」は同店の名物です。

昔から和菓子はお土産として重宝されてきたし、地元でお土産を手に入れることができればありがたいので、寂れ続ける三ッ沢商店街の中で今後とも頑張って欲しい店の一つです。

和菓子屋

| すうさん | 08:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (19) 西1番:模型屋


ここから西側に移り、先ずは北の端から。写真の角の店は小中学生のころまでは紙飛行機、プラモデルなどを扱う「渡辺模型店」でした。目の細い中年の女性が店主で、確か息子さんが作った模型がいくつか店頭に並び、前を通りかかるだけでうれしくなるような存在でした。

その後クリーニング取次店だったか、更に不動産屋と替わって、現在はシャッターが下りたまま。誰か、この建物を使って商売を初めて欲しいですね。

模型屋

| すうさん | 08:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (18) 東15番:質店


東側の最後は高木質店。蔵のあった場所に写真のアパートが建ち、昔の面影はありません。

この四つ角を左に進めば国道1号のバイパスへ、右は沢渡経由で横浜駅へ。道幅の割に交通量が多いのが玉にキズで、警察官が一旦停止しない車を時々取り締まってはいますが、なかなか乱暴な運転は減りません。

高木質店

| すうさん | 08:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (17) 東14番:飲み屋


続いて飲み屋。この工事中部分に小さな二階建ての家があり1階が飲み屋で、お年を召されたママの「昭和のバー」といった趣でしたが、入ったことはありませんでした。

この敷地には昔々「高木質店」があり、立派な蔵がたっていました。その後代替わりで質屋は廃業。そのご家族の方でしょうか、飲み屋の小さな家と古い母家を建て替え、現在は新居とガレージが完成しています。

飲み屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (16) 東13番:手芸用品店


続いては内田手芸用品店。昔は右側のシャッター部分の店舗に手芸用品が並べられていて、家内もお世話になったと思います。

奥さまが切り盛りされていましたが、優しそうなご主人が亡くなり、続いて奥さまも介護施設に入られたようで、住人が替わりました。

ここで人類の歴史を持ち出すのは大げさではありますが、巨大隕石の落下が爬虫類の世界を哺乳類の世界に変えたという視点よりも、身の回りのこのような小さな変化が歴史を形作るのだという視点の方が好きですね。

手芸用品店

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (15) 東12番:炭屋


酒屋の右隣の三枝商店、昔は炭屋で最近は灯油販売業。先代が店の前で炭の粉に水を加えて転がしながら手を真黒にして豆炭を作っていたことを思い出します。

5歳年上で子供のころから「ともちゃん、ともちゃん」と呼んでくださったご主人が残念なことに2011年春他界され、現在は奥さまが店を切り盛りされています。

炭屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (14) 東11番:酒屋


薬局の右隣りは遠洲屋酒店で、ご主人の佐藤さんが27歳の1959年(昭和34年)に、並木酒店の土地と建物を譲り受けて開業されたもの。

時代は移り変わり、数年前まで店の奥に入っていた肉屋は不景気なのか商売をやめてしまい、最近近くに深夜11時まで開店のミニ・スーパーができて影響を受けていると思います。画一的な品ぞろえの価格勝負は大手系列に任せて、差別化できる商品やサービスを補強して、末永く商売を続けて欲しいですね。

40年ほど前、わが家の秋田犬ケン君の子供タロウ君が遠洲屋の店番として活躍していましたが、今と違って何もかもがのんびりしていたように記憶します。これまた昭和は遠くになりにけりですか。

酒屋

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (13) 東10番:薬局


写真では接骨院ですが、昔は次に紹介する酒屋の庭のような場所だったと記憶します。その後、建物の所有者の奥様が運営する「ほてい薬局」に、続いて経営が変わり模様替えしてドラッグストアに、更に店の前に洒落た松の木を植えた指圧院、そして現在の接骨院へ。

この中町接骨院、保険がきくためかお年寄りをお客様に繁盛していて、わが家から20mの距離なので、両親も頻繁にお世話になっています。

薬局

| すうさん | 08:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (12) 東9番と東10番の間の道


東9番の嶺岸商店と東10番の薬局の間には滝の川が流れていましたが、1985年頃に暗渠化され、そこが三ッ沢せせらぎ緑道として整備されました。

滝の川にはコンクリート製の今下橋がかかっていて、両親に抱かれて橋の上で撮った写真が残っています。嗚呼、昭和は遠くなりにけり。

緑道

| すうさん | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (11) 東9番:米屋、パン屋


東側の9番目は嶺岸商店。以前は間口の広い米屋をご主人が経営し右隣のパン屋を奥さまが切り盛りしていました。

米屋で記憶に残っているのは武田の「ハイシー」。柑橘類の小片が底に沈んでいて、他の飲料とは一線を画していました。もう一つは冬場のアイスクリーム。当時は電気冷蔵庫はなく、背の高い四角い箱にアイスクリームが入れてありましたが、夏場には長時間の保存ができなかったんでしょう、涼しくなると売りだされたと記憶します。

現在は息子さんの世代に移り、民家の一部で中古品の修理、販売業のようで、ときどき面白そうなものが硝子戸越しに見えます。

嶺岸商店

| すうさん | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (10) 東7番、東8番:個人住宅


続いては個人住宅が2軒。左側が安藤さん、右が秋山さん。

佐々木電気工事店の御主人とHCでばったり会っての昔話では、安藤さんは以前写真屋を営んでいて、その後おでん屋に改装したそうで、そういえば昔々暖簾の奥におでんの銅鍋を見たような記憶があります。あぁ懐かしや。

7と8番目

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (9) 東6番:大工


6番目は昔大工をされていた岡田さんの住宅。現在は息子さんでしょうか、個人タクシーを営まれているようです。

大工の頃にはわが家の修繕などをお願いしたはずですが、殆ど記憶に残っていません。建て替え前の木造住宅はもっと間口が広かったように記憶しますが、子供の目だったからでしょうね。

大工

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三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (8) 東5番:電気工事店


東側の5番目は佐々木電気工事店。ご主人には小生が住む町内に設置された100基余りの街灯の維持管理をお願いしています。

この建物に建て替える前には小売もしていて、電球が切れると買いに行かされたもんです。ご主人のご両親が対応されていて、電球を一つ一つソケットに差し込んで切れていないかどうかチェックしてくれたことを思い出します。

佐々木電気工事店

| すうさん | 08:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (7) 東4番と東5番の間の道


魚屋と電気工事店の間には東にのびる道があり、その方向約1.5km先には東横線の反町駅があります。

母親が教育熱心だったせいか、近くの幼稚園や小学校ではなく反町駅までバス通学していて、帰りは歩きで空き地での野球が楽しみでした。また、冬にはサービス通りに雪が積もって、道の両側の商店を飾る正月用の竹が雪の重さで倒れるように曲がっていたことなどが、懐かしく思い出されます。

道

| すうさん | 08:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (6) 東4番:魚屋


東4番は魚屋で店名は「三共」。少々離れた場所にも魚屋が数軒あり、商売は厳しかったかもしれません。現在は会社事務所のようですが、シャッターが閉まっていますね。

思い出すのは店で魚をさばいていた御主人の顔です。どうして魚屋さんというのは顔が似てくるのでしょうか。

東4

| すうさん | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (5) 東3番:菓子屋


東3番は「きくや」という菓子屋。息子さんの代にケーキを作り始めて店名は「クーロンヌ」、時々ショートケーキなどを買いに行ったものです。

その後の建て替えを機に店を閉め(どこかに移転したのでしょうか?)、写真ではお好み焼き店ですが、その後2011年になって、この店も出ていったようです。2階から上はアパートのようで階段入口に「ハイツ クーロンヌ」とあります。

東3

| すうさん | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (4) 東2番:風呂桶屋


続いては東2番は風呂桶屋。写真はもちろん昔の店を建て直したもので、1階右側の事務所スペースには一時老人相手の物販店が入っていて朝から行列ができるほどでしたが、その手の店の常として、暫くすると店を閉めて他の場所で商売を始めたようで、現在は堅気の会社が入っています。

昔はご主人がヒノキを削って小判型の風呂桶を作っていて、前を通りかかると、良い匂いがしたもんです。

東2

| すうさん | 08:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (3) 東1番:銅工屋


東側に並ぶ店を北から南に向けて取り上げます。先ずは東1番の銅工屋(最近では板金屋と呼ばれることが多いと思いますが)。「村松銅工店」だったと記憶します。

わが家を建てた際には、洗濯場の流しの周りにステンレス板を取り付ける作業をお願いしたと記憶します。

ご覧のように5階建てのビルに変身し、1階にはSolid Stuffという指輪などの宝飾品制作会社が入っていて、彫金教室もやっているようですが、最近はシャッターが閉まったまま。玄関ドアは開いていますが、やや心配です。

東1

| すうさん | 08:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (2)


「サービス通り」とは古臭い名前ですが、横浜F・マリノスの応援旗はためく看板付きの街灯も年季が入っています。

サービス通りに面した店は次のとおり西側に14軒、東側に15軒。ある時期に全ての店がこのとおりだった訳ではありませんが、小生の記憶に残る業態を書き出しました。★は現在も同じ商売をしている店。行があいている所は道路を表します。

こうやって眺めてみると、普段の生活に必要なものは殆ど揃っていたのではないでしょうか。

西1:模型屋                         東1:銅工屋
西2:和菓子屋★                   東2:風呂桶屋
西3:靴屋                            東3:洋菓子屋
西4:洋品店                         東4:魚屋
西5:文房具・化粧品店

西6:電気屋★                      東5:電気工事店★
西7:風呂屋                         東6:大工
西8:乾物屋                         東7:(個人住宅)
                                        東8:(個人住宅)
西9:豆腐屋★                      東9:米屋・菓子屋

西10:古本屋                       東10:薬局
西11:助産院(わが家)           東11:酒屋★、肉屋
                                        東12:炭屋★
西12:中華料理店、運送屋★   東13:手芸用品店
                                        東14:バー
西13:クリーニング取次店       東15:質屋

西14:八百屋

看板

| すうさん | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三ツ沢商店街サービス通りの思い出 (1)


横浜市神奈川区にある三ッ沢商店街は、国道1号線バイパス(写真薄橙色の部分)に沿って東西に広がっていますが、地下鉄で一駅の横浜駅周辺の店に客を奪われ、活気を失いつつあります。

写真赤丸の間約200mは「三ッ沢商店街サービス通り」と呼ばれ、昔はここで何でも揃うくらい賑わっていて、この通りに面したわが家で祖母が助産院を開業していましたが、最近では駐車場、事務所や個人住宅に変わる店も多く、これまた寂しくなりました。

そんな通りの思い出を、現在の建物の写真と共に綴ろうと思います。この地に住んでいない方々には面白くないテーマかもしれませんが、ご容赦ください。

地図

| すうさん | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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