2012年から2013年にかけてのフォークギター教室の遠藤先生門下生全13組が集まった演奏会が、沢渡三ツ沢地域ケアプラザで開催されました。朝一番で音響機器のセット、会場に机と椅子を並べ、ギターをアンプにつないで音量確認をして、別室でちょっとリハーサルの後は崎陽軒シウマイ弁当で早めの昼飯を済ませ、1組15分で2〜3曲を歌うという、60人ほどの老人がワイワイガヤガヤと学芸会のよう。
MMCが歌ったのはFour Strong Winds、Blue Muu Muu、この街で、とジャンルが違う3曲で、ハモリの方はまぁまぁだったものの、ミキサー、アンプの調整不足により楽器の音が大きすぎたことが反省点。11月は町内会での演奏がもう1回、12月はいろいろな所で演奏会が4回と、忙しい年末を迎えそうです。
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第8回目教室は午前中リハーサル、昼飯をご馳走になって、午後はミニ・コンサートで6曲を熱唱。自己紹介では Where have all the flowers gone? を歌いました。何十人もの前で一人で歌うなど人生初だったんではないでしょうか。いやはや緊張しました。
さて、このまま終わっては勿体ないということで、4~5名が続けて練習するサークルを立ち上げることとなりましたが、参加予定者は地域の方々ばかりで、ギターの技術向上もさることながら、ほぼ同世代との今後のお付き合いが楽しみです。
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2週間後のミニ・コンサートではギター・ストラップを持っている人は立って演奏となり、横浜駅のクロサワ楽器でストラップをギターに付けるバンドを買ってきました。なかなか良い感じ。
さて格好はとにかく、教室第7回目は披露する6曲の練習でしたが、ストラップを付けて立つと左指がどこを押さえているのか見ることができず、また新たな課題に挑戦することとなりました。
全員での演奏の他にメンバーそれぞれが自己紹介を兼ねて1曲演奏することも決まり、小生は習いたてのアルペジオで「知床旅情」。相当に敷居が高いコンサートになりました。
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フォークギター教室も早いもので6回目、親指と人差し指の2本を使った簡単なアルペジオを教えていただきました。右手が上手くいくと左指がフレットから離れ、その逆もまぁ大いに起こりうる訳で、何と言いますか「前途多難」です。
最終日にはデイサービスに来ている後期高齢者の方々を前にミニコンサートで6曲演奏することが決まりました。加えて自己紹介で短い曲を1曲ですと。後1か月しかないんですけど。
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週末に風邪をひいたらしく火水木とベッドから出ず食事もしないで、更にコーラックを2錠飲んで便秘をやっつけたその日に、フラフラになりながら横浜市中区にあるライブハウスKAMOMEで開催されたKANIKA PILAのハワイアンのライブを見てきました。
このグループのお一人がフォークギターの先生という訳ですが、スチールギターとウクレレは60台後半、ベースギターは80台という老人パワーを感じました。一人でボソボソ歌うのではなく、仲間を見つけてグループを作れば、もっと楽しくなりそうです。
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昔の歌を歌いたくなったので屋根裏部屋を探したら懐かしいノートが出てきました。
中には、スキー部の合宿で泊った硯川ホテルの大広間で隣のグループに教えてもらった「日本の旅」(はしだのりひこ)などというレアな曲も入っていて、ギターが上達したら40年ぶりに歌ってみたい曲で一杯でした。
ページ右上には「1971.12.18〜1972.1.7」と書きこみがあり、その頃は3週間もスキーに出かけていたんですね。大学生だけのプレ合宿、続いて年末までは卒業した高校の生徒たちを教える期間、正月明けには再び大学生だけが残って遊ぶといった優雅な3週間だったと記憶します。
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2013年最初のギター教室、早いもので4回目です。リズム中心の教室なので自宅ではアルペジオの練習を始めましたが、ハイポジションだとまだまだ奇麗な音にならず、カポタストを買いました。指先にもちょこっとタコができ始め、先が楽しみです。
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3回目の教室では、この季節の曲として「きよしこの夜」と「ホワイトクリスマス」を練習。コードは何とか押さえられるのですが、リズムが難しいし、メロディーも弾いてみたいし。この教室はコード奏法中心なので、終わったら別のギター教室に通おうかと。60の手習い、楽しいものの、前途洋々、いやいや前途多難です。
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ギター教室は2回目も基礎的なコードの練習ですが、40数年前は弦をしっかり押さえられたのに、今では指が言うこときかず苦労しています。昔と比べ楽になったのは、音叉に代わって調弦にチューナーを使うこと。
さて、2012年11月22日の日経新聞朝刊文化欄で、ピッチ(音高)は時代と共に変化してきたという、ある調律師による次の文章を見つけました。ベルリンフィルなどは444〜445ヘルツを基準としているそうで(Wiki情報)、音楽の世界は案外自由なんだなと驚きますね。
『戦争を挟んで、調律の基準となるA音のピッチが435ヘルツから440ヘルツに上がった。・・・ちなみにバッハの時代はもっと低くて410ヘルツほどだ。』
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ギターとの付き合いは高校時代の数年間だけで、安物のクラシックギターを抱えてフォークソングを歌っていました。それから40年以上ギターには縁がなかったのですが、町内の回覧板でフォークギター教室全8回が近くで開催されることを知り、家内のクラシックギターを持って、いざ出陣。
「まず道具を買いそろえることから始める」という小生の流儀に従い自分用のギターを買いたいのですが、クラシックギターはネックが太いように感じるし、とは言えスチール弦だと指先が痛いし、来週にでも先生に教えていただいた楽器屋さんに出かけてみますか。
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