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六十八肩

 

腰痛に加えて最近右肩が痛く手を高くあげられません。米国駐在時代の50歳前後に五十肩となり元に戻るのに何か月もかかったと記憶しますが、今回は六十八肩。2年もすれば「もみじマーク」の年齢となる訳で、もう若くはないのだと体が発するサインなんでしょう。

 

さて、日経夕刊の「あすへの話題」で龍谷大学の伏木亨教授の「老人を育てる」というコラムに出会い、小生が目指すべき作文のお手本であると拝察しましたので、1953年1月生まれ、64歳の伏木さんの名文を以下長々とご紹介します。

 

  • 老人は気楽と思われているらしいが、そうではない。超うるさい長老が去ってせいせいしたとたんに、厚顔の年寄り予備軍連中が突き上げてくる。因果はめぐる。
  • 反応の鈍さと判断の遅さは老人の武器である。反応の鈍さをひとは重厚と感じる。決断の遅さは深い思慮を漂わせる。情報機器には疎いので余計な情報や雑音がない。だからブレる余地がない。言語の不明瞭さは神秘的ですらある。
  • 重厚な爺は会議の空気など読まない。熱い議論も平気で鎮静化させる。若手の斬新なアイデアには思わぬ欠陥があるので、冷静なご判断に救われましたと後で感謝されることもたまにはある。老人のKYにもめげない若手の熱意は、よくわからなくとも貴重なので、一転して深く頷く。これも爺のたしなみである。
  • 私のような新米爺は取り扱いに注意が必要だ。冷たくしすぎると本格的な頑固爺に育つ。過度に甘やかすと勘違いして使えないちょいワル爺になってしまう。尊敬できる爺に仕立てるには最低限の思いやりが必要だ。昔の成功体験の記憶しかないので、昔話は優しく聞き流す配慮も必要とされる。子供を育てるより骨がおれる。

ところでこの記事からリスト表示できるようにCSSを改善しました(それまでエディタ上は表示されたのにCSSで表示設定されていなかったのが不思議ではあります)。今までは行頭記号を入力、文章を適当に改行し行頭にインデント用のスペースを加えていたのですが、これで入力が楽になります。体は動かないものの、脳味噌はまだ少しばかり動いているようです。

70歳

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| すうさん | 08:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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