砂の器
2016.02.16 Tuesday | category:Books(本)
木次線亀嵩駅に触れた投稿へのコメントにあった松本清張「砂の器」は読売新聞夕刊に1960年(昭和35年)5月から10か月間連載された後、翌1961年に新書版初版が発行され、Amazonで手に入れた2004年発行本では何と152刷となっています。コメントへの返答に「昔読んだ」と書いたのは記憶違いで今回が初読。2段組み全478頁を老眼が読み終えるには時間がかかりました。
さて、前衛芸術家集団を含めた登場人物の多さ、主人公である今西刑事の事件解決に向けた着想がやや強引なところ、超音波を使った殺人について細かな記述がないこと、(現在では治療法が確立している)ハンセン病の父を持つことを隠したい一心が殺人動機であることなど、ストーリー展開で気になる点は多々あるものの、これだけの人間を考えさせ、語らせ、動き回らせるのは、構想するだけでも楽しい作業だろうなと感じました。
さてさて、作中の鉄道関連情報他を確認したくなり、手元にあった日本交通公社1956年12月号時刻表をひっくり返すなどして以下確認しました。これまた「人生は冥途までの暇つぶし」の好例です。
1. (京浜東北線の)七両目だけを残し、異常のない六両は(P.13):現在の10輌編成が1960年当時は7輌編成。運行開始の1914年(大正3年)の写真では2輌編成に見え、以後どのように編成車輛数が増えてきたのかについての情報を見つけたいものです。
2. 秋田行き急行「羽黒」(P.35):今西刑事と吉村刑事が上野から羽後本庄まで乗った夜行列車で上野21時00分発、上越線、羽越本線経由、羽後本荘翌7時46分着。各駅停車に乗り換えて羽後亀田9時53分着。
3. 19時44分発の急行(P.54):二人が羽後亀田から上野に戻る際に乗った夜行列車で、参照した時刻表では羽後本荘19時57分発、上野翌7時着。時刻表発行の1956年と本書執筆の1960年の間に出発到着時刻が変わったものと思います。
4. 黒部峡谷ダム(P.132):「大町にいま開発中」とあり、完成は1963年。
5. 東京発下り急行「出雲」(P.159):今西刑事が亀嵩を訪れるのに使った東京22時30分発の夜行列車で、亀嵩着は翌日の20時ごろと記載あるものの、警察署訪問の関係で松江17時10分下車、その日は松江泊となっている。時刻表では東京22時15分発、松江17時32分着とあり、先日訪ねた終点大社に18時25分着。
6. 名古屋22時20分発の上り準急(P.343):今西刑事が伊勢への出張から帰る時に乗った夜行準急列車。時刻表に準急は無く名古屋22時45分発の急行伊勢がこれに近い列車。当時の東京着の東海道本線夜行急行としてこの伊勢が東京着6時、急行さつまが6時25分、急行大和が6時47分、急行出雲が6時54分、急行瀬戸が7時10分、急行彗星が7時27分、急行筑紫が7時46分、急行明星が8時3分、急行安芸が8時23分、急行銀河が9時3分、急行月光が9時23分と、何と11本の夜行急行列車が東京駅に次から次へと滑り込む様子は華やかだったでしょうね。
7. (北陸本線の)大聖寺から山中温泉までの電車(P.362):1971年に廃止された北陸鉄道山中線、全長8.9km。2009年に尋ねた山中温泉で、「昔はここまで電車が来ていた」と説明されたことを思い出しました。
8. 大阪行きの急行(P.431):今西刑事が戸籍調査のために大阪へ行く時に乗った東京21時45分発の夜行列車で、「朝8時半に大阪駅に着いた」とあります。時刻表によれば急行さつま鹿児島行で大阪着は翌8時26分。
9. 八時半の上り急行(P.441):今西刑事が京都から戻る時に利用した夜行列車。時刻表で見つけたのは京都20時44分発の急行さつま。翌6時25分東京着。当時は夜行列車が長距離移動の主要手段だったんですね。
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