2011年4月5日から掲載してきた世界一周旅行もとうとう最終回を迎えることとなりました。旅行期間は257日間だったのに、本掲載は2年半もかけて昔の日記を読み返したり、アルバムを眺めたり、本人が一番楽しめたと思います。
日本に帰って4年生に復学していざ勉強なのですが、世界旅行の余熱で就職する気にはなれなくて、そのまま修士課程に進むこととなりました。以下は日記の要約です。
1973年3月7日(水) バスが寒くて眠れず。朝5時半にオアハカ着。ホテルベラクルスに入る。1泊40ドル。ホテル近くの朝市を眺め、10時半発のバスでモンテアルバンへ向かう。モンテアルバンのピラミッドの裏にいた怪しげな男たちから指輪を買ったが、ホテルで聞いたら亀の甲羅で作った新しいものとのこと。
1973年3月8日(木) 朝7時半のバスでメキシコシティーへ。立派な道路を飛ばすバスからは、車にはねられた犬やロバの死骸が沢山見えた。ホテルで少々休んで中華を食べに行く。酢豚に海老スープとご飯。
1973年3月9日(金) 昼まで寝てTolucaまでバスで1時間半。バザールを見物するも面白いものは無し。
1973年3月10日(土) 午前中バスで土曜バザールへ。チキンで昼飯。夜は日本人とエビとビールの後でマリアッチを聴きに行く。
1973年3月11日(日) 8時半に起きてバレーを見に行く。原色の衣装をまとっての激しい踊りとマリアッチが良かった。
1973年3月12日(月) バスに1時間乗ってテオティワカンのピラミッド見物。暑くてTシャツ1枚で歩く。夕方5時にメキシコシティーに戻る。夜は日本人と中華料理屋でラーメンとする。
1973年3月13日(火) 朝8時バスで出発。
1973年3月14日(水) Santa Anaまで一日中バス。
1973年3月15日(木) 朝4時半ティワナ着。San Ysidroへは朝5時半着。バスを乗り継いでサンフランシスコへは22時半着。故郷へ戻ったような気がした。
1973年3月16日(金) 昼はF君と市内観光。夜、彼のバイト先(キャナリーのレストラン)で仕事を手伝う。
1973年3月17日(土) 昼ごろ起き出して映画を見てフィルムを現像する。
1973年3月18日(日) F君のアパートの近くでタクシーをつかまえ値段交渉の上、空港まで。
1973年3月19日(月) 羽田に戻り、架空の人物を呼び出してもらうようF君宛にコレクトコールして無事の帰国を伝える。
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